by 漱石
山路を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画が出来る。
人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらする唯の人である。唯の人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。
あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりも猶住みにくかろう。

大好きな「草枕」の冒頭です。
もうね、いろいろ凝縮されまくって、ぐうの音もでないよね。

こないだ、実際に山路を歩いて気づいちゃったのですが、私は歩いている時、何も考えていません。

ridgeway

山路を歩きながら、ふと「草枕」の冒頭を思い出すことはしました。

そして、立ち止まって、来た道を振り返って、何を考えていたか、思い出そうとしました。

でも何も思い出せません。

というか、何も考えていなかったっポイです。

しかも、考える時は立ち止まっています。

うー。私も漱石の真似して何か考えたい。風流じゃん?

取り敢えず、歩きはじめなきゃ。

しばらくして、またふと、漱石の主人公は「鉱夫」でも、松林を歩きながら考え事していたっけ?などと浮かんできて、立ち止まってしまいました。

Goring local path

そうそう、漱石は、三四郎でも育徳園心字池をぐるぐる歩きながら考え事をする描写をしていたっけ。っと来た道を振り返るも…

考え事をするの忘れて、ボケーっと歩いてきただけでした。

ブログネタでもなんでもいいから、何か考えてみよう!

っと、「歩きながら考えごと」に再挑戦するも、結果は同じ。

歩き始めると頭の中が「空っぽ」になります。

私が小説を書くとしたら、冒頭は、「ふと頭に浮かび、立ち止まった」っとなりますね。
ダメだこりゃ。

でも、気づいたら空っぽになっちゃっているのですよ。

歩きながら考え事ができるなんて凄いな〜
漱石。
天才か? ←

私は逆に、頭を空にするという目的であれば、「ウォーキング」は非常に有効だという事が分かったのでした。

投稿者: のろのろ

ブログのカスタマイズをしては、備忘録を書いています。2017年4月にワードプレスデビューし、試行錯誤しながら寝落ちする感じのへなちょこブロガーです。

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