“ときめきセンサー”がぶっ壊れており、ときめきが検知できません。

教科書的には、ときめくモノだけ残して、残りは捨てるんですよね?

そんなことしたら、家に何も残らない気がします。

ん?
ミニマリストって、もしかして、こういう事?
んなわけないか…

ときめくものに囲まれて過ごす為には、まず来る日も来る日も買い物に出て、ときめくモノを調達するところから、始めなければなりません。

ときめくものがない

「片付け ときめき わからない」と「ときめくものがない」と思う仲間が一定数いるらしく、なんだか親近感を感じます。

ときめくものが分からない
ときめくものが分からない

「捨てること」と「ときめき」を関連づけて説明されると、「日本中の女性が、出会った時はときめいた夫を、もうときめかないっと断捨離している」シュールな絵が浮かびます。

それから、「ときめくモノだけに囲まれて暮らす」って、お姫様願望?

中世やもっと前の時代のお姫様達から見れば、凄い技術がないと作れないモノが多種多様なニーズを満たすデザインで、ネット上ですぐ探すことができ、好きなモノ選び放題な現代に生きる女性は、既にもう全員お姫様中のお姫様だと思いますケドね。

こんまり先生の原典に触れた事がない外国暮らしの人間だから、「ときめき」と「廃棄」の関係性がピンと来ていないのでしょうね。

ブームの始まりにマーケターが打ち出し出している新たな価値を読み取れていたら、受け入れられていたかもしれない概念でも海外で2次、3次の文献で理解しようとしても核から遠いのでしょう。

それで、ときめき記事を書いている主婦達が、そのうち夫をみて、「ときめかないな」っと思い断捨離に勤しむ殺伐とした日が来るんじゃないかと不安になってしまうのです。

好きでないものがあると、不幸なんですか?

「ときめかない」をキーにいろいろ読んでみて、最も衝撃だったのは、好きでもないものに囲まれて幸せですか?という感覚です。

好きでないものがあると、不幸なんですか?

嫌いなものがあると、居心地が悪いのは、わかります。
嫌いなものが家にあると、不幸な気分というのも、わかります。

でも、好きでも嫌いでもないものまで排除して、好きなものだけじゃなきゃ気が済まないと言うのは、幸福ハードル上げすぎじゃないですか?

ときめくものに囲まれて暮らすと言うのが、一連のブームのキャッチコピーの1つである事は認識しています。

「ときめく 囲まれて」で検索した時の関連用語、こうなっていました。

「ときめく 囲まれて」関連語句
「ときめく 囲まれて」関連語句

うー。
共感でき過ぎて、泣ける。
※プライベートブラウジングモードなので、検索履歴は影響していないハズです。

とりあえず、嫌いなモノを排除する

「ときめくがわからない」私なりにヒントを得て、ちょっと遠回りだけど、第一ステップ「嫌いなものを排除する」、「あると不幸になるものを排除する」から始めてみました。

これはやってみてよかった。

まず我が家は既に「嫌いなものが家の中にはあまりない良い状態」である事を確認できました。

中には、気に入っていないものも存在します。
そういう時は、気に入るものを探しましたが、ときめかない人間にとっては時間がかかる作業でした。

代替品が見つからない事も多く、嫌いなんだけど、結局ウチにあるコレが最善なのか…
っと気付くと、嫌いなモノに対する満足度がぐっと上がりました。

とにかく「捨てる」のが苦手

で、結局、何も捨てておらず、断捨離(片付け?)は進んでいません。

だめじゃん…

唯一、成長したっぽいのは、「ときめかないものは買わない」と決めたら、余計なものをほとんど何も買えなくなったことです。

意外とそれでも生活できるものなのね~。っというのが率直な感想。

それにしても断捨離の皆さん、バシバシ捨てて、お金持ちですね!
そう、「片付け術」と「節約術」は別物ですしね。笑。

どうやったら捨てられるようになるのかな…

投稿者: のろのろ

海外赴任中で、社畜で、早期リタイア志望者で、ゲーマーで、トレッキーに片足突っこんでいる、SF好きの、雑記ブロガーです。

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