子供の頃、テレビで繰り返し放映されていた映画です。

久しぶりに見返してみると、子供の頃の印象と大きく違う映画だったので、感想を書いておくことにしました。

基本情報

邦題クレイマー、クレイマー
原題Kramer vs. Kramer
タイプドラマ
公開年1979/12/19
監督ロバート・ベントン
脚本ロバート・ベントン
原作者エイヴリー・コーマン
出演者ダスティン・ホフマン, メリル・ストリープ
おすすめ度5 (1~5点)

ストーリー

1979年のアメリカ核家族の離婚劇。有能な広告マンのテッドと専業主婦ジョアンナの結婚生活は、ジョアンナの突然の家出で幕を閉じる。

5歳の一人息子ビリーの子育ても家事も全く不慣れで大変。ボロボロになりながら、ようやく新しい生活に慣れてきたころ、突然ジョアンナから連絡が入り、会いに行くと「離婚したい&養育権欲しい」のダブルパンチ。

感想とネタバレ

子供ころは「クレイマー、クレイマー」が「Kramer vs. Kramer」という親権を争う裁判名であることをしりませんでした。

とても悲しい映画だという印象を持っていました。

見返してみて、最初の感想は、

メリル・ストリープ、若っつ!
ダスティン・ホフマンも、若っつ!

1979年の作品で実に38年も経っていますからね…

映像やその時代特有の価値観は、古臭くなっていますが、今みても心動かされる作品でした。

普遍的なテーマを扱っているからでしょうか?

この40年で女性の労働環境が大きく変わっていますね。社会進出できなかった女性が、社会進出しやすくなったと思われますし、結婚後は「専業主婦」というコースは一般的でなくなったように思います。

むしろ「専業主婦」を望む女性も、生活を支えるために働かざるを得ない環境にあるともいえるかもしれません。

更に40年後には「専業主婦」が「セレブ・富裕層」のシンボルとして、憧れの的になっているかもしれませんね。

メリル・ストリープ演じる5歳児の母親ジョアンナは、周囲に期待される「いい妻、いい母」ロールを全うするのが負担になり、愛する子供を置いてまで家を出てしまいます。

家を出るのを止めるダスティン・ホフマン演じる夫・テッドに、”Don’t make me go in there. If you do, I swear, one day, next week, maybe next year, I will go right up to the window.”(家の中に戻そうとしないで!もしあなたが家に押し込めようとしたら、私はいつの日か、来週か、来年か、分からないけど、必ずきっと、窓から飛び降りちゃうわ。)と言って振り切ります。

かなり切羽詰っていますね。

テッドはそれでも事の深刻さを理解しておらず、いつものようになだめられると思っている雰囲気。

精神的に追い詰められたジョアンナと、全く理解することができなかったテッドが非常に対照的に描かれています。

二人の間の溝(というか大河)を浮き彫りにするところからストーリーを始めるのは脚本の腕がいいですね。

仕事人間だったテッドは、ビリー(子供)中心の生活に切り替えるのですが、うまくいかない部分も多く、大人気なく怒鳴りつけちゃったり、喧嘩しちゃったり。

でも父子のコミュニケーションは深まっていきます。これは、ジョアンナが出ていかなければ、起きえなかっただろうと思われるので、災いが転じて福となっていますね。

父子の仲直りのシーンで、ビリーが「僕が悪い子だったから、ママは出ていっちゃったの?」的なことを聞きます。

それに対してテッドは、ビリーにこう説明します。

ママは君のことをとても愛しているよ。パパがでも長い間ママを理想の型にはめ込もうとしたのだけど、ママはそんなタイプじゃなかったんだよ。ママはパパを幸せにするためにすごく頑張ったんだよ。でも難しくて話し合おうとしたんだけれど、パパは仕事が忙しいって、自分の事ばっかりで、聞こうとしなかったんだ。

パパが幸せだったら、ママは幸せなんだと思い込んでいたんだよ。でもママは実はすごく悲しかったんだ。

ママがこれまで家を出られなかったのは、君をとても愛していたからだよ。でもとうとう耐えられなくなってしまったんだ。だから君が原因で家を出たのではなく、パパが原因で家を出たんだよ。

なんだか凄いですよね。

大人扱い?というか、しっかり向き合っていますね。

そして、ビリーが”Dad, I am sorry.”とか”Dad, I love you.”とか言うたびに、そういう文化なんだとは分かっていても、コミュニケーション力の高さに感動します。

「ごめんなさい」はあっても、両親に「愛しているよ」なんて、言ったことがないですから。

学芸会へいったり、
自転車にのれるようになったり、
ジャングルジムから落ちて何針もぬったり、
色々なことがおこります。

極めつけは有名な「フレンチトースト」。最初は酷いありさまだったのですが、ビリーが迎えに来たジョアンナと共に家を出なければならない朝は、呼吸ぴったりのチームワークを見せて泣かせます。

ところで、ジョアンナがニューヨークに戻ってきて、

これまでの人生ずっと誰かの母で、妻で、娘で…自分が何者かわからなかった。カリフォルニアに行って、自分を見つけて、仕事も見つけて、自分にもビリーを養えることがわかった。そして自分にとって何が最も大切かがわかったの…

といって、親権を主張します。

映画のタイトルにもなっている裁判の開始です。

タイミング悪くずっと子供との生活を優先してきたテッドは職を失ってしますが、凄い強引さで、給与減も飲み込んで、クリスマス前のそぞろな時期になんとか仕事を見つけます。戦うパパです。

裁判は、お互いの悪いところを指摘しあう消耗戦。

ジョアンナの友人マーガレットが、いつの間にかテッドの友人マーガレットに変わっていくところもジーンとしました。

徐々に信頼関係を気付いていき、裁判ではテッドとビリーの素晴らしい関係をジョアンナに伝えようとします。泣ける。

テッドは残念ながら負けてしまい、費用がかかろうとも上訴する気満々でいたのですが、弁護士から勝つためには子供を法廷に立たせて証言させましょうとの提案に、テッドのことを思い、断念します。

そして、ジョアンナがビリーを迎えにきた朝、ジョアンナは、ビリーの「家」は、既にあったことを受け止め、一緒に暮らすことを断念します。

ジョアンナが一人でビリーに説明に行くところでエンディングです。お互いに折り合いがついた瞬間です。

最後に

この映画に対してずっと抱いてきたイメージは、「悲しい話」。

でも、見返してみると、妻にとっても、夫にとっても、「自分にとって大切なものは何か?」を知り、それを大切にすることのきっかけとなったベストエンディングだと思えるようになりました。

昔の映画を見返してみるのも悪くないですね。

最後までお読みいただきありがとうございました。

投稿者: のろのろ

海外赴任中で、社畜で、早期リタイア志望者で、ゲーマーで、トレッキーに片足突っこんでいる、SF好きの、雑記ブロガーです。

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