“架空ブログ”と小説の境界は?

小説家って、事実でないことを創作でストーリーに出来ちゃう、すごい人たちですよね~。それが”架空ブログ”だったとしても、同じ気がします。そこに境界を見出せずにいる私って、モラルがないのでしょうか?

“架空ブログ”と小説ブログ

応援していたブログが作り話の架空ブログだったと、がっかりしている記事を見かけました。

小説だと知っていたら、応援しなかったのに~ってこと?

嘘をつかれた、騙されたという部分が、イヤなんだろうな~。

分からなくもないです。

でも創作だと知っていても、「ハイジ」を応援しちゃうな。私。
他の多くのドラマもそうですよね。

フィクションです!って、明言してそれでも感動させられるのが賞賛されて、本当の事のように書いておいてフィクションだったら非難を浴びる。

分かるけど、納得できない。かな。

やっぱり、どっかで、どっちも尊敬しちゃう気持ちが拭えません。

堂々と非難できちゃう人は、ある程度の筆力を持っていて、雲の上での戦いの中での反則技について議論しているのかも??

フィギュアスケートのジャンプの回転数と種類は私には見分けられず、どれであっても感動しているのと一緒ですね。多分。

プロ同士だからこそ、意見ができる感じ。

小説ブログ

作文が苦手な私は、少し前に小説を書きたい人たちの心理についての記事を探して読んでいました。「書くのが好き」という謎の感情が理解できず、結局、迷宮入りしたのですが…

兎も角も、小説家になりたい人たちが、ブログというプラットホームを活用して、作品を公開しているのも見かけ、時間が出来たらゆっくり読んでみたいなと思っています。(最近、そもそも小説を読まないので、少々億劫です。)

「書きたい衝動」を持っている人たちの創作活動が発信メディアとしてブログを使うのはいい案じゃない??

小説家は原稿料や印税をもらうし、ブロガーも広告費を稼ぐ。編集の自由度も高いですし。何ならゲームみたいにマルチエンディングの小説とか書けちゃいそうですし。

一方、「架空ブログ」では、ブロガー個人の日記形式なので、作り話だとがっかりされるのでしょうか?

本当の話だったら感動が増えて、作り話だったら感動が減るっていうのは、ちょっと変だと、私は再度ここで座礁してしまいます。
しかし、現実的には、映画でもなんでも「実話をもとにしています」だと、より注目が集まりますし、作品の謳い文句になりますものね。

本当のことだと思っていたから、応援したのに、嘘だったなんてショックという心理がある場合、それは立場の近い人が疑うことなく共感していたとか、応援していたのに真心を踏みにじられたとか、そういうレベルまで引き込む筆力があるなんて、不謹慎ながら羨ましく思います。

「実話」も解釈次第

普通のブロガーが真実を書いているつもりでも、美化•脚色して書く事があるでしょうし、その逆に大袈裟に不幸ぶって書く事もあるかもしれません。

私の場合、ただその日にあったことを「説明」するだけでも、四苦八苦していますから、「実話」を面白く書いたり、大げさに脚色したりできる人を尊敬しちゃいます。

その上に、事実でないことを更に付け加えて、ストーリーにしちゃうなんて、すごい才能ですよね~。だから、それが架空ブログだろうが、小説だろうが、「創作」できる人がとても羨ましく、そこに境界を見出せずにいます。

私ってモラルがないのかな?

投稿者: のろのろ

ブログのカスタマイズをしては、備忘録を書いています。2017年4月にワードプレスデビューし、試行錯誤しながら寝落ちする感じのへなちょこブロガーです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください