そもそもモノを捨てるのが苦手なのですが、なかでも最難関が「英語の教材」でした。

「教材」そのものは役に立つことが分かっているのに、「私には」活用できなかったという罪悪感ともったいない病のコンボです。

勉強したくない自分が悪い。本は悪くない。

勉強しない自分を棚上げして、開き直って捨てちゃうのもどうかな…

っと、堂々巡りをしまっていました。

後に残らない代替品たち

捨てられるようになったきっかけは、電子化でした。

「代替品」があることで、捨てられるようになったという事は、「保険」をかけている状態で、完全に独立したとは言えませんが、一歩一歩、です。

アプリ教材

半年間ほどネット版のロゼッタストーンでスペイン語を勉強していたことがあり、物質的な教材はゼロでやってました。

契約期間は半年で、終わった後、アプリを削除して、何も残っていません。

恐ろしいぐらいに忘れてしまいましたが、楽しかったのでOKです。

Googleだけ

HTMLやCSSなどのウェブ言語も学習し始めましたが、必要な事をGoogleするだけでした。

物質的な教材もなければ、学費もかかっておりません。(そのかわり歩みは遅い…)

これは覚えておきたい!っと思ったことは、ブログ記事を書いて、URLリンクを残しています。

YoutubeでSubscribe

英語の教材に至っては、YoutubeでEnglish Leaningチャンネルをいくつかフォローして、飽きるまで見ては、unsubscribeしていました。

もう、チャネルは残っていませんが、なんの影響もありません。

捨てて良かったとは思えないけど…

家にある教材を捨てる時「活用できなくてごめんね」っと、なんだか申し訳ない気持ちが湧きます。

ネット上には、断捨離して「捨ててよかった~!」とか「スッキリした~!!」、「捨てたらいいことばっかり!!!」などと書いてあったりしますが、私はそうでもないです。

もうこれ以上、買わないぐらいしかできることがないという、ちょっとした無力感が残っています。

失敗から学ばなきゃ!っと、気が引き締まります。

本帰国に備えてモノを減らさないといけないので仕方がありません。

心境に変化があったら、更新しますね。

最後までお読みいただきありがとうございました。

投稿者: のろのろ

海外赴任中で、社畜で、早期リタイア志望者で、ゲーマーで、トレッキーに片足突っこんでいる、SF好きの、雑記ブロガーです。

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