“自己目的化”は、最高の贅沢

“自己目的化”というのは、手段の改善などが目的化して、本来の目的が失われたり、逆行してしまったりする事です。

しかし、これは余裕があるからこそ許される贅沢です。仕事で”自己目的化”に陥ると”趣味”と揶揄されることがある程に、贅沢な状態です。

逆に言うと、目的というのは、余裕がないから必要なのかも?、と思えてきました。

“自己目的化”に陥りがちな私

目的を忘れ、手段の研究にハマってしまう事ってありませんか?

例えば、配当金や売買益を得る目的で行なっていて然るべき株式投資において、利回りやリスクの妥当性を確認する「手段」であるマクロ経済動向や銘柄研究の方に没頭してしまい、肝心な投資(売買)をおろそかにしてしまったり…号泣。

ブログでも、記事を書けば脱線ばかり。初めに書きたかったことなどそっちのけで調べ物をしすぎて、まとまらず、仕上がった記事よりボツ記事の方が多かったり、カスタマイズにハマって全く記事を書かなくなったりしています。

こういう目的を見失いやすい自分にがっかりしてしまいます。

仕事では歓迎されない、”自己目的化”

根がこんなですから、仕事でもよく考えが飛躍し、ふらふらと手段に囚われては、途中でハッとして身を引き締めるのであります。

こういう行動は、多くの人と同じ目的を共有している職場では歓迎されません。
管理職としての私の役割は、業務運用を最も生産性が高くなる様に組むことです。
そして、ある手段が自己目的化を始めたときに軌道修正をすることです。
自己目的化認知能力を磨くことを期待されています。

訓練、訓練。ひたすら訓練!
↑自分の肝に命じているところです↑

趣味ブログの目的

先日、とあるブログで、ある程度のライティングの腕前がないとブログが趣味というにも抵抗がある。っという記事を読みました。

え~。ええ~。そんなこと言ったら、万年万事初心者の私は、無趣味ってことになっちゃうよ~~。
日本人でいることって、敷居が高いわ~。

個人的な見解では、趣味の目的は楽しむことであって、腕前や目標などは、より楽しむための触媒でしかありません。

ブログでも「ランキング一位になりたい」という目標がある人は、目標達成の喜びとその過程を楽しんでいるハズです。

私の場合は、「作文が上手になりたい」という目標に向かってブログを書いていますが、ブログを書くこと自体が楽しいのではなく、作文が上手になったら嬉しいから、目標を持って書き続けています。

だから、今の腕前を気にしすぎて、趣味なのに趣味というのに気が引ける状態は、楽しむことが目的であるにも関わらず、腕前が目的になり過ぎた”自己目的化”である気がします。趣味にプロ級を求めるのもまた一つの贅沢ですね。

目的どころか、目標すらない、ブログカスタマイズ

仕事で自己目的化の認知能力が向上したことで、最近は趣味に後ろめたさを感じる事があります。

例えば、ブログの記事を書くことについては、作文が上手になりたいという目標があります。
しかし、今ハマっているブログカスタマイズには、目標も目的もありません。ただ、新しいことを知ることが楽しいからやっています。

楽しんでいるので、それで十分なはずなのですが、目的なく時間を費やしていることが悪いことをしているような気分になるのです。
カスタマイズ記事を書くのに費やした時間が、無駄遣いな気がするのです。
時間貧乏性??

目的が必要な場面

私がブログカスタマイズと関連記事作成に時間を割くことに後ろめたさを感じるのは、多くのブロガーさんが収益化という目的のために同じことをしているからです。

そして沢山のPVを稼いで、成功していたりされるから、比較すると自分が愚かなように感じてしまいます。

賞金を稼いでいるプロテニス選手とレッスン代を払っている趣味テニスの自分を比べてがっかりする人がいないように、私も開き直ったらいいんですよね?

プロはそこで稼げないと食べていけないわけで、私はそんな縛りはないのですから。

目的というのは飽くまで何らかの必要に迫られている状態で、そこから逸脱する自己目的化は贅沢の証。

そして趣味に「楽しむ」以外の目的はいらない。というか、これはそもそも目的そのものがいらない状態だ!と、時間貧乏性な自分を慰めております。

投稿者: のろのろ

ブログのカスタマイズをしては、備忘録を書いています。2017年4月にワードプレスデビューし、試行錯誤しながら寝落ちする感じのへなちょこブロガーです。

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