ようこそ、ウラとボツへ

現在、新テーマ「Twentynineteen」のテスト中です。ご不便をおかけするかもしれません。m(__)m

特にプラグインについては、最終更新日が12月12日以前の記事は新テーマで未テストです。ボチボチ進めます。

テスト環境の「Untold Stories」では、英語環境でよりオリジナルに近い形でテスト中です。

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        • 新しく追加されたGoogleページ検証ツール、”Audits”を試す ページ検証ツールのWhat’s Newにて紹介されていた”Audits”が面白そうだったので、試してみました。プログレッシブウェブアプリ、挙動(パフォーマンス)、アクセス性(アクセシビリティー)、最良事例(ベストプラクティス)の4部門に分けて、ウェブページの総合的な評価をしてくれます。 “Audits”とは Google Developers Update, New Audits panel, powered by Lighthouse The Audits panel is now powered by Lighthouse. Lighthouse provides a comprehensive set of tests for measuring the quality of your web pages. The scores at the top for Progressive Web App, Performance, Accessibility, and Best Practices are your aggregate scores for each of those categories. The ...
        • 投資に信念を持たないという”投資哲学” 「信念を持ってブレない投資をしましょう!」というようなアドバイスを盲信していた時期がありました。信念を持ちたいけれども、投資の世界は広く深く、知らない事ばかり。いつまでたっても投資信念を持つに十分な域に達している気がしません。最近では、投資に信念を持たないという”投資哲学”もアリだなと思うようになりました。 投資信念を持つには、まだ時期尚早 かっこ良さ気な投資記事が揃って信念を持ってブレない投資が肝要です!と謳っているものだから、そんなものだと思って、盲目的にブレないことが良いと思っていた時期がありました。 自分のリスク許容度にあったルールをきっちり決めて、信念を持ってそれを守ること!!的なアドバイスです。 ところが、投資信念を持つのは私にはまだ早いという気持ちがなくなりませんでした。 はじめのうちは、私の売買経験が少なすぎて自信を持てないからだと考えていました。 しかし2014年の日記では、「常に新しい考え方を取り入れて試行錯誤を続けることは、信念がない事になるのだろうか?」と疑問に思い始めていたようです。 この時点では、まだ信念ありきの考え方ですね。 根底で「信念がある方が良い」と考えているから、信念がない状態を避けようとしていた感じがします。 隆興しない「作業仮説」派に親近感 この時の調べてメモを残した記事がまだ残っていたので、なくならないうちに原文を引用しておきます。 山崎元「ホンネの投資教室」、「第214回 アクティブ運用の2つの「投資哲学」について」 筆者は、何事に対しても「信念を持つ」という態度は知的堕落だと思い、やや軽蔑しているので、「作業仮説」派だ。その時々で、運用というゲームを戦う上で、何がポイントなのかを考えるのが楽しい。 他方、年金運用などの運用ビジネスの現場では、運用の一貫性・安定性がポジティブに評価されやすいので、「信念」をアピールする方が好まれるし、マーケティング上有効だ。従って、作業仮説程度にしか思っていない運用哲学でも、顧客や顧客に付いたコンサルタントに対しては、あたかも不変の信念であるかのようにプレゼンテーションするような使い分けもある。 そういう事だったのか… なんだか肩の力が抜けます。 上記に、顧客(読者)に「信念」を持つことを奨励することで、あたかも信頼に値するコンサルであるかのような印象を与える効果もある旨、付け加えても良さそうです。それが私に起こっていたことですから。 「信念を持つ」という態度は知的堕落とは驚きですが、「信念を持てないことが好ましくないとは限らない」ぐらいに解釈しても大いに励まされる記事でした。 密かにこの「作業仮説」派の隆興を心待ちにしているのですが、今のところまだ流行ってはいないようです。 余談:信念と哲学と理念 上記の引用記事でも「投資+哲学」の組み合わせに違和感を唱えておられますが、確かに私にもなんだかしっくりきません。 Googleによると、哲学とは、人生・世界、事物の根源のあり方・原理を、理性によって求めようとする学問。また、経験からつくりあげた人生観。だそうです。用途的には「人生観」の方の意味合いが強いけれども、「根源のあり方・原理」の印象が邪魔して違和感を与えいるのでしょうか? かといって、「信念を持たないという信念」じゃ、微妙すぎるので、私も哲学の方に便乗することにしました。 しかし、パーマリンクにinvestment philosophyと英語で表記すると違和感が増します。それでもbelief(=信念)は避けたいので、ideology(=理念)を使ってみることにしました。 言葉遣いは難しいです。
        • “プライマリー市場”とタコを最初に食べた人 “プライマリー市場”とは、発行市場とも呼ばれ、株式や債券などが新規に発行された際に売買される市場のことです。企業や債券発行機関にとっての資金調達市場ですね。 2015年の年初にこれに関するブログ記事を読んで、「全く訳が分からない…」っとメモを残していたのですが、復習しようと思っても、当該ページは既に存在しなくなっておりました。残念。 “プライマリー市場”とセカンダリー市場 “プライマリー市場”とは、先にも書いたように、株式や債券などが新規に発行された際に売買される市場のことです。公募増資やIPOの専門ブロガーさんたちの記事は新鮮で結構面白かったりします。 対して、セカンダリー市場は、流通市場とも呼ばれ、既に流通を開始した株式や既発債の売買市場です。こちらがトレードブロガーさんたちの活躍の場ですね。 記事の内容を書いていない 私が「全く訳が分からない…」とメモを残していたのは、記事タイトルから、プライマリー市場とセカンダリー市場についての内容だったと思われますが、オリジナルの記事を探しても見つからなくなってしまいました。記事タイトル、ブログ名、記事の日付を記録以外は何も残っていません。 同じブログ名のサイトは見つかりましたが、そのような記事は存在しませんでした。 ただ自分の疑問点を下記のように記録しているだけでした。 タコを最初に食べた人じゃなければダメなのか? タコを最初に食べた人は、さぞ勇気がいったことだろう。 気持ち悪いし、黒い墨を吐くので、毒を持っているかもしれないし。 見た目も動きも得体がしれないキモグロだし。 あれを口に運ぶ気になり、実行したのは、本当に凄い。 けれど、それに追随して、同じように気に入って、脈々と食べ継いで来たフォローワーに価値がないかというと、そんなことは無く、途切れなかったからこそ、現代の私もその味を知ることができた。 更に、タコ好きの日本人庶民のために、最高においしいモーリタニアのタコを探してくれた商社マンさん達だってとても凄い。 食べ過ぎて、禁漁になったら、同等のタコをモロッコにて探しあててくれる商社マンさん達にもやはり感謝したい。 そして、何よりタコの存在がもっともありがたいので、ぜひ存続してほしい。 つまり、タコを最初に食べた人だけに存在価値があるとは言えないのでは?? タコ話から推測される記事の内容 ↑のタコ話こそ訳がわかりません。 推測される記事の内容は、プライマリー市場は、セカンダリー市場より価値があるというような感じだったのではないかと思われます。 そうだとすると、私のメモが「全く訳が分からない」でスタートしていても不思議ではありません。 しかし、今となっては、元記事に戻って復習することができません。 ブログ記事って、気になるものを見つけたら、重要箇所はしっかり引用しておかないといけませんね。 この記事の結論は… 私は、タコが大好きです!ってことになりそうです。 やれやれ。
        • 株式投資への周囲の”反対” 株式投資に対して親や配偶者、友人に”反対”されたというブロガーさんの記事をチラホラ見かけます。悪いことをしているわけじゃないのにね。 私の周囲は、誰も反対してくれなくて少々淋しいので、こちらから反対しない理由を聞いてみました。← “反対”の根底は、心配 私が反対されなくて淋しいのは、心配されていない気がするから。 そして、家族が株式投資に反対するとしたら、それは心配しているから。 株式投資は元本割れして大事な虎の子がなくなっちゃうかもしれず、本人ですら不安なのだから、何が起きているかわからない周囲が心配しても不思議ではありません。 出来るだけ安心してもらうために、詳しく説明したり、一緒にやってみたりして理解を深めるとよさそうですよね。 そういうのも一つのコミュニケーションだし、イベント的なものなのじゃないかな? だれも反対していなくて、ちょっと淋しい 私の株式投資に関して両親は、反対している様子を見せたことがありませんでした。 それどころか、私が今年の初めにすべて手仕舞いしてしまったことを「もったいない」と思っている様子でした。 この「もったいない」は、長年続けてきた習い事を止めてしまう時の「もったいない」です。 ん~。まぁ、確かに「趣味」だけど、両親目線ではそういう感覚なんだ… 反対されないと、私って、本当にうちの子?っと、年柄にもないことが頭をよぎります。 それで「なんで反対しないの?」っと聞いたら、母は驚き顔で「反対したら止めるの?」っと聞き返し、父は「むしろ仕事辞めてパソコンのスクリーンを4台ぐらい並べて終日家で眺めてたら?」なんて笑っていました。 この調子だと、弟に聞いたら、「反対してほしいの?」とか言ってニヤニヤされそう… 全部手仕舞いしてしまった後に、何を今更…っと手遅れ感でいっぱいの疑問ではありますけどね。 母が想像するところの、家族が反対する理由 仮に反対されても説明すればきっと理解してくれるんじゃないかな?っと、ラブ&ピース級に夢見がちな私とは違って、母の見立ては予想外に現実的でした。 ネット証券などがなかった時代、株式取引は買うのが不便で障壁が高かった。 原資(種銭)が多く必要で、敷居も高かった。(ミニ株などないし、手数料も高いので、投資単価が高かった??) 情報が少なく、人任せになりがちだった。その結果騙された人が多く出た。 証券マンより、総会屋さんの方が、インパクトがあって、怖かった。 政治・経済に明るく、勉強熱心で、成功している人もいるだろうけれど、人任せにして騙されちゃった人の話の方がインパクトが大きいから、母の年代だと悪い印象を持っている人の方が多いんじゃないかな?、っとのことでした。 なるほどね~。悪いことをしているわけではないけれど、良い印象はないのかもしれません。 私の常識力が弱いだけなのに、なんだか若者にでもなった気分でございます。 “反対”派は少数派なのか?、多数派なのか? 反対派の方が多いなら、投資人口から考えて、ランチタイムなどに家族の株式投資についてボヤいている人を見かけても良さそうなところですが、全く耳にしません。 反対する人は少ないけれど、反対するときの態度が強硬というか、不信感が根深いからブログ記事でも印象が強いだけなのかもしれません。 お金の話というか、投資の話を職場などですることがないだけかもしれませんし、実態が分かりにくいものですね。
        • コツコツと言えば、”コツコツドカン”… 私が株式取引を始めた頃は、コツコツと言えば、”コツコツドカン”でした。コツコツと小さい利確を積み重ねたのに失うときは一気にドカンと失う。利小損大ともいわれますね。 主な原因は損切り(ロスカット)が遅れることによる損失の拡大だとされ、肝に銘じていたはずなのに、相場から離れて長くなるとピンとこなくなってしまいました。投資をする前の状態に戻ってしまったのでしょうか? 信用取引や証拠金取引では損をしたくない気持ちが増幅する? 株の信用取引やFXの証拠金取引で、損切りが遅くなってしまう気持ちは、なんとなく想像がつきます。 この二つは仕組みが違う部分もありますが、金利を支払っていたり、レバレッジがかかっていたりすることで、損の額が増幅されるので、焦りやためらいが出てしまいそうです。 含み損を抱えている状態の現物株も理想的な状況じゃないかもしれませんが、上記のような追加の焦りやためらいはありません。 いや、こっちの方が、損切りが更に遅れてダメなのかも… 損切りの重要性を説く格言がとても多い 現物買いにせよ、信用買いにせよ、損切りが遅れることは良くないこととされていますね。見切り千両をはじめ、古今東西、損切りの重要性を説く格言は、他を圧倒して多いです。 私はこういうのには、素直に従う主義だったのですが… どうやって投資額を増やしていけばいいのか? 損切りは大事!って言われても、含み損がゼロのポートフォリオなんて組めないですよね… 少なくとも私にそんなことができるとは思えません。 特に投資額を増やしていく時期には、売却よりも購入が多いわけですから、益が出ているものを保持して、損が出ているものを損切りするだけだと、損しか出ないよね?? そんなものなのでしょうか? 仮にロスカットラインを買値の30%と決めて、それより下がったら強制的に売るルールにしたところで、実際にその時点で財務が健全に見えたら、お買い得だと思ってナンピンしてしまいそうです。 下手なナンピンすかんぴんという耳が痛い格言が、刺さります。 どう考えても買っちゃいそうです。 利益は5年分の配当金で十分だし… 株価が上がっていて、手数料を差し引いた後に、その時点の配当金の5年分以上の売買益がある場合、サクッと売って他の割安株に乗り換えたくなりそうです↓ 配当金の5年分ぐらいの売買益は、それなりの頻度で発生しちゃう。 利確することでその先5年間リスクを取り続ける必要がなくなるので、当該資金はキャッシュにして休ませたくなる。 結果、キャッシュポジションが大きくなり、気も大きくなって、また何か買いたくなる。 逆に、含み損を抱えている銘柄は、特に売る理由が見つからないから、そのまま保持する。 あ~。私って、典型的なコツコツドカンタイプじゃないですか?? でも、コツコツがなくて、ドカンだけだと、つらくない? 小さかったとしても、先に利を出しているからこそ、本当に必要な場面で躊躇なく損切りできそうな気もするんですよね~。 投資額を増やしていく過程では、ロスカットのフラグの方が刺さりやすいので、こまめに切って損を最小に抑えたつもりでいても、一度も利確を経験しないままドカンが来たら、立ち直れなくないですか? 準備した種銭を投じ終わるまでは、「利小損大」コース以外思いつかないデス。 やっぱり投資は向いていないカモ 海外赴任で遠巻きに見ているしかない状況で冷静に想定(妄想)した自分の行動がバッドエンド過ぎて、凹みます。 本帰国前までに、いい方法を思いつけるのでしょうか… もしくは、もうこのまま永遠に止めておいた方がよいのでしょうか。 うーん。

        筆者のリライト宿題帳

        • ドイツ、ベルリン、 ベルリン大聖堂 ドイツ、ベルリン、 ベルリン大聖堂“ベルリン大聖堂”です。街の比較的中心部でタワーの近くにあり、比較的目を引く建物です。 ベルリンは興味深い都市でした。 首都なのに、ドイツの都市よりも地味でしたし、他の都市よりもグラフィティーが中心部まで浸食し、(恐らく実際の安全度よりも)荒れている印象を受けました。 ケルンやボン、フランクフルトとは違う雰囲気を感じました。
        • ツワモノ達の引越し術: “身一つ”で海外から本帰国した独身駐在員 Moving海外赴任から引っ越しをアレンジせず、”身一つ”で本帰国した先輩駐在員がいました。 マジっすか… 本日は、6年間の海外赴任から帰任した某先輩の華麗なる離脱戦術についてです。 6年で9箱が0箱に! この先輩は日本から出国した際の引っ越し荷物は、段ボール9箱程度だったそうです。 私と同じです。 どうやったらゼロになるのか? それはもう興味深々で、根掘り葉掘り聞きだしました。 着任時の引っ越し荷物はいたって普通 赴任時の9箱の内容には特に変わったところはなさそうでした。 ちょっとした家財道具と、衣類と、日用品と、趣味の道具。 多いなと思ったのは、スーツ9セット。 夏物2セット、冬物2セット、オールシーズン5セット、だったかな? 勤務地がオフィス街ではなく、工場の中のオフィスに変わったことでスーツをあまり着なくなったので、6年間一切新調しなかったそうです。 スーツは不要だとわかってきてから、一時帰国の度に状態の良いモノを少しずつ実家へ持ち帰ったそうで、6年目に中国に残していたのは、冬物1セット、夏物1セット、オールシーズン1セットのみ。 中国に残っていたものは古くなっていたので、本帰国の際に捨てたそうです。 日本では買えないものは、一時帰国の際に持ち帰る といっても、日本で買えないモノなんて、そんなになかったそうです。 中国の時代劇DVDとか、中国映画DVDとか、気に入ったものは一時帰国の度に持ち帰ったそうです。 これらはお金の問題じゃなくて、手に入りにくいからね~っとおっしゃっていました。 日本でも買えるものは全捨て、”身一つ”で本帰国 残りのものは全て捨てたそうです。 現地で適当に調達したものだから、執着ないし。とのこと。 他の駐在員同様、帰国前のお家訪問会で私も鍋を1つ頂きました。 毎回空のスーツケースで着の身着のまま帰国し、パンパンに日本の物資を詰めて任地に戻っていた私とは大違いの周到さです! 数日分の身の回り品だけを入れたスーツケースだけで、出張にでも行くかの如く帰任されました。 潔いです!
        • ミニマルライフと”広い家”は相性が悪い minimal life“広い家”って、モノが少なく見えます。 家の広さと引っ越し荷物の関係は、30平米で段ボール(中)9箱、180平米で段ボール(中)48箱でした。 段ボール48箱に自分でも驚いて、荷物を減らし、スカスカの棚に飾るように収納できるようになったと喜んでいたのに、次の引っ越しではまだ38箱。家の広さは270平米でした… 最初の家は、30平米 就職を機に30平米の家に引っ越しました。 広くはないけれど、特に狭いと感じることはなく、身の丈サイズで居心地が良い家でした。 3年後、海外赴任が決まり、引っ越した際は、ダンボール(中サイズ)9箱でした。 他の独身駐在員も大抵同程度の箱数の様ですから、ジュニアの単身海外赴任はそんなものではないかと思われます。 中国の家は、180平米 文化的な問題なのか、中国では湯槽がある家に住もうとするとファミリー用。 家の広さが180平米になりました。 広々していて、収納に困りません。 5年間で荷物がどんどん増えていました。 次の任地のインドへ引っ越す際は、48箱。 自分でも驚きました。 家はいつもすっきりしていて、片付いていましたし、収納もきゅうきゅうとした感じは全くしなかったのに、48箱。 家の広さが9倍になったのに、荷物の量は5倍強しか増えなかったと言えばいいのかも? こんなにモノが増えていたとは… インドの家は、270平米 次の任地はインド。 湯槽のある家は、もっと広い270平米。 家はさらに広々しており、48箱分だろうとも収納に余裕があります。 しかし、先の引っ越しで危機感を感じていたので、荷物を増やさないよう心がけておりました。 でもこの時点では、増やさないだけで、古いものと新しいものの入れ替えは行なっておりました。 捨ててから、買う様になった感じです。 インドの2年目に早期リタイアを目指すようになり、貯金を開始しました。 そのことが契機になり、極力モノを買わなくなり、家にあるものをうまく利用する様になりました。 ありとあらゆる在庫が少しずつ減っていき、1年後には収納に更に余裕ができ、飾る様に収納する感じになっていました。 ところが引っ越し時のダンボールは個数は38箱… 10箱しか減っていません。 え? 考えようによっては、10箱というのは、最初の引っ越しの9箱よりも多いのですから、身の丈サイズの家1件分の荷物を減らしたことになります。 減った感はあるのです。 イギリスの家は、80平米ぐらい? 引っ越して、驚きました。 モノが収納に収まりません! 1年ぐらいかけて、じわりじわりとモノを減らし、ぎゅうぎゅう詰めではあるものの、ちゃんと収まるようになりました。 更に1年、新しいものは殆ど買わず、貯金を継続しながら更にモノを減らし、収納に少し余裕が出るようになりました。 本帰国したら、30平米に戻る 3年目の今、衣替えの際に、着回しバリエーションが減ってきて、新しいものを買いたくなってきました。 しかし、モノが増えるのが恐ろしくて、買い控えております。 おそらく、ここからが、勝負です。 ミニマリストの皆さんの言い方では、少ないもので、心地よく暮らす。 普通の人の言い方では、生活レベルを落とす。 着回しなんて、少し困るぐらいの方が、買う時に慎重に選ぶし、大切に着そうなイメージですし。 これから更に小さい家に戻ることを念頭にいれながら、今後のイギリス生活をミニマリスト風に暮らしていくのもいいんじゃないかな? どうせ狭い家に越してすぐは、意外と多かったモノどもに悩まされながら暮らすので、今のうちにモノが少なく見える生活を楽しんでおくことにします。 広々とした家は、暮らしやすいのですが、ミニマルライフとの相性はよくないですね。 インドで暮らしていたころは、家が閑散としていたので、自分はミニマルライフを生きていると勘違いしていましたから… イタイ。