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  • 日本語の使い方、間違ってた!「引け目を感じる」 take a walk in oxford 16-9「引け目を感じる」というのは、自分が劣っている気がするときに気後れすることで、「負い目を感じる」というのは、自分が悪いことをしたり、迷惑をかけたりした時に申し訳なく思うことなんですね。今まで使い方間違えていたかも? あはは。
  • 長期出張で忘れがちな必須アイテムNo.1は「爪切り」 Shachiku 16-93週間以上の長期出張や海外赴任直後のホテル暮らしの必須アイテムの中で、私が忘れがちなのは「爪切り」です。買い増すのがとても悔しいので、苦し紛れに別の種類の爪切りを買ったりしています。誰にも見つかることはありませんが、ちょっと恥ずかしいコレクションです。
  • 悪いと思うなら、自分が気持ちよく眠るために”謝る” 自分が悪かったと思ったら、私は即座に”謝る”ようにしています。 これは、相手の為ではなく、自分の安眠の為です。 だって誰かに対して罪悪感を抱えていたら、上手く眠れなくないですか? 謝らないと、前に進まない まず、私の中では、”謝る”という行為は、自分が悪いと非を認めて、相手に下ることを意味するわけではなく、”改善の余地”に関する相互認識の出発点であると考えています。 “謝らない”と、改善の余地が見えないのか、ごめんなさいが言えない性格なのかの解読から始めなければならず、難儀です。 サクッと進めなくて、やりずらい… そんな風に思っています。 悪いと思っていない事には謝れない それでは、私が、なんでもサクッと謝るのかというと、そうでもなくて、悪いと思えないと、戦います。 自分の言い分が正しいと思っているからです。 一番やっかいなタイプだと思います。 だからこそ、”謝る”という行為が”改善”の出発点になりえると考えています。 自分が悪いと思っているのに謝れない人がいることは重々承知していますが、下手すれば「相手が言っていることが理解できない頭が悪い人」だと思われてしまうリスクがあります。 世の中には簡単に謝れる人間もいますから、「素直じゃない自分」を相手が理解してくれると思い込まない方がいいかもしれません。 悪いと思ったら、すぐに”謝る” 逆に、いったん自分が悪いと認めたら、あっさりと謝ります。 悔しい時もありますが、謝らないとよく眠れない&悪夢にうなされる小心者の自分をよく知っているからです。 謝ってしまうと、「うん。自分のできることはやった!後は相手次第だ!!」などと、勝手に開き直ってぐっすり眠ります。 まぁ、自己中心的な人間の典型とも言えるかもしれません。 本日こんな話をする機会があって、なんだか上司がウケていたので、記事にしてみました。
  • “上海人”は、中国人ではない件 出身国を聞かれると、”上海人”は、上海人です!っと答えるそうです。 “上海人”は、中国人ではない これを初めて聞いたのは、北京出張の時でした。 上海人は、中国人ではないって知っている?っと、聞いてくる北京人に、日本人一同は混乱気味。 上海人は、どう考えても、中国人でしょ。っと。 そうそう、その反応を待っていた!っと言わんばかりに説明を開始する北京人。 北京人はね、どこの国の出身ですか?って聞かれたら、「中国人です」って答えるの。 それは北京人は北京が中国だと思っているから。 上海人はね、自分たちは他の中国(ド田舎)とは違うと思っているから、「上海人」って答えるのよ。 その場の日本人たちは、半ば信じられない様子。 日本の都会にも田舎を見下している人はいるかもしれないけれど、出身国を聞かれれば、日本人と答えるハズ。 どちらがよりプライドが高いか? この北京人が続けて言うには、 それで上海人は、プライドが高いと言われたりするんだけれど、そうとも言い切れないのよ。 上海人には周りが見えていて、比較した上で、差別化しているの。 北京人は中華の中心にいて、周りがどうかとか、全く興味がないし、みんな自分たちと同じだろうと思っているのよ。 北京が中国の中にあるのではなく、北京が中国なの。 北京人の愛国心はとても高いのだけど、それは「北京(母国)」がすなわち「中国」だから。 どっちがお高く留まっているかというと、北京人かもしれないわね。 え、そんな事言われても… これ、私が通訳するんですか? ひぇ~~。 私にとっての北京人は、割と大らかな大陸的がははメンタリティーで、付き合い安い人たちでしたので、とってもびっくりしました。 北京人に関してそんな事を言っていたのは、後にも先にもこの方だけですが、上海人の方は、結構有名な事実っぽい感じです。 アイデンティティー 上海に5年居住しておりましたが、確かに”上海人”は、出身国を”上海”と答えるのです。 そして自ら↑の注釈をつけていました。 「中国人」としてのアイデンティティーが希薄だと、彼ら自身がいうのを何度も耳にしました。 (もちろん全員じゃありませんよ!) そのたびに、件の「北京人」の話を思い出して、複雑な心境になったものです。 その点、「香港人」は気楽かもしれません。 彼らが「中国人」っぽくないのは、中国人から見たら明らからしいです。 彼らが出身国を「香港人」と自称することはごく自然なことで、いつになったら違和感が出始めるのか? むしろそっちの方に興味が湧くのでした。
  • モノが多いと、モノを大事にしない モノに溢れている我が家。ミニマリストがよく書いている”モノが多いと、モノを大事にしない”という言葉は、とても耳が痛いです。 認めたくないが、認めざるを得ない… モノが多いと、モノを大切にしない そんな事はないでしょう?? モノが多い事と大切に扱うかどうかは切り離して考えようよ! 捨てまくっている人たちなんて、モノを大事にしているとは言えなくない? と、反抗心満々だったのですが、最近ちょっと認め気味です。 お菓子の「お徳用」 節約の為に「お徳用」を買っても、補充スピードが普通用の時と同じ場合があります。 特にお菓子。 沢山あると思うと、気が緩んで、いつもより多めに食べちゃったりします。 一時の満足感はあります。 お得用のお菓子は、食べる量を増やしたい時にはいいかもしれません。 この場合は、「大事にしない」というレベルには至らず、チョコ一粒のありがたみがちょっと減るかな?、程度です。 買いすぎた生鮮食品 魚やお肉は安いからといって多めに買うと、食べきれないまま廃棄することになったりします。 腐ったものを置いておくと実害が出るので、廃棄するしかありません。 それからしばらく適正量買うように心がけた後、また忘れて余分に買って… の繰り返しですが、これらは廃棄する事によって、「もったいないな〜」っと、大事にする気持ちを持ったままお別れする事ができます。 過剰なトイレタリー 我が家で、腐らない過剰在庫といえば、洗濯洗剤。 安い時に買いだめします。 買うときは、賢い主婦にでもなった気分ですが、私はこの後がよろしくない。 景気良くドバドバ使うので、消費スピードが速いです。 今時の洗剤は優秀なので適量入れるのが最も効果的なハズ。 このくらいならまだ粗末に扱っているというレベルでもありませんが、何だか太っ腹になっているのか、チマチマ(大事に)使っている感じはしません。 過剰在庫があることによって、切らすことがなかったのですが、試しに補充しないで1パックで回してみたら、適量を守るようになったという謎の現象が発生しました。 ただ、買い物リストを作るのが面倒なので、次の購入時期を遅らせようとしている感じでしょうか? 靴下だけを大事にする変なヤツ 私は未開封の衣類が沢山あって、3年ほど衣類を買っていませんが、靴下だけは買い換えが発生しています。 断捨離の「断」として、一時帰国時のまとめ買いを止めて、必要な分だけ現地調達するようにしました。 一時帰国の時に偶然補充の時期と重なったら、日本で買ってもいいというマイルールにしたところ、それはもう大事に履くようになりました。 傷みにくい様に、洗濯ネットに入れて洗っています。 定期的に毛玉をとったりしています。 足の爪もまめに切っています。 もともと指先のところに穴が開いていたのですが、最近は、ゴムが緩むか、踵が薄くなります。 長持ちになりました。 溢れかえった他の衣類も大事に着ているつもりです。 が、数が少ない靴下を他の衣類よりも数段大事にしている事を自分でも自覚しています。 「モノが多いと、大事にしない」とは、認めたくないのですが、逆説的にそうかも… 認めざるを得ない ここまでで、半ばあきらめがついて、モノが少ない方がモノを大事にできるというところまでは、認めざるを得ないでしょう。 それが、モノが多いと、モノを大事にしないになるかどうかは、まだ不明です。 ミニマリストと相性が良い「断捨離」の概念ですが、私は「捨」が大の苦手で、勿体ない病です。 まだまだ修行中の身で、目下、勿体ながることと、モノを大事にすることは違うという意見を理解しようと試みているところです。

筆者のリライト宿題

  • スランディドノ (ウェールズ)、不思議の国のアリスが生まれた場所。 “スランディドノ”(Llandudno)は、北ウェールズの有名な避暑地です。不思議の国のアリスの物語は、ここで避暑中に生まれたそうです。 街の中にウサギの銅像などをはじめとする、アリスのキャラがチラホラ見受けられます。 白黒じゃないのに、ちょっと白黒っぽくなってしまった写真です。

本日もよい一日をお過ごしくださいませ。